オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 安居神社)



 この記事は、2016年5月にSeesaaブログで公開したものです。



 今宮広田神社を後にして、国道25号線を四天王寺目指して歩きます。この日は、最高気温が30度に届こうか?と言う晴天の中、逢坂までやって来ました。
 逢坂沿いに、こんな所が有りました。安居神社・安居天満宮・真田幸村戦死の地?偶然見つけたのですが、なかなか興味深いキーワードが盛り込まれています。気力的にまだ余裕が有ったので、散策(徘徊?)してみることに。
 ビルの谷間に、森と参道が有ります。そこを抜けると神社が現れます。
 安居神社の創建年は不詳ですが当初、少彦名神祀られていましたが、菅原道真が大宰府に流されるとき風待ちの為此処で休息をとった事から、道真公も祀られ安居も名が付いたとも、言われています。また、天王寺三名水の井戸が在る事から「安井」と呼ばれた等諸説あるようです。更に、大丸の創業者が信仰していたことから大丸天神と称されることも有るそうです。
 真田幸村は大坂夏の陣に敗れ、退却の途中この地で、休んでいたところ、敵に見つかり討ち死にしたと言う事です。
 幸村は、境内にある一本松の下で戦死したのですが、当時の松は枯れ死しましたが、社殿復興を機に植樹されたそうです。
さなだ松
 当然、天神宮には、牛がいます。本殿の中までは撮ることが出来ませんでした。狛犬はこんな感じです。
 御多分に漏れず、稲荷神社が有ります。もう一つの祠は金山彦神社です。
 友好都市の長野県、上田市から送られたしざれ桜です。
 西側の参道からの風景です。少し歩くと国道25号に出ます。
 境内から下を見た景色です。降りて行くと天神坂が続きます。
 天神坂を歩き出すとすぐに、湧水が有ったのですが、この時は、水が有りませんでした。
 途中こんなお寺も有ります。不動明王が安置されています。坂を見下ろすと、映画かドラマのロケーションに使えそうです。
 この後、四天王寺へ向かいますが、四天王寺から廻っていたら、おそらく、四天王寺だけで終わっていたでしょう。



オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 今宮戎神社)



 この記事は、2016年5月にSeesaaブログで公開したものです。



 現在、なにわ七幸めぐりにチャレンジ中ですが。今回はその一つ、今宮戎神社です。この後、心が折れなければ、四天王寺まで足を延ばす心算です。
 地下鉄、大国町で電車を降り、国道25号を東へ5分程歩いたところにあります。
 今宮戎神社は言わずと知れた、商売繁盛の神様として知られる神社です。江戸時代から十日戎の祭事が始まったようです。元禄年間には現在のような祭礼が行われているそうです。元は、四天王寺が建立された際に、西の守り神として建てられたとの事です。祭神は天照皇大神、事代主神、素盞嗚命、月読尊、稚日女尊の5柱で、特に事代主神が(えびす)として信仰を集めました。
 国道25号から新しく整備された参道を抜けると神社が有ります。
 鳥居をくぐってすぐ脇に、こんな句碑が有ります。
 本殿の狛犬ですが、狛犬と言うより狛獅子?狛ライオン?
 本殿です、今回は、ちゃんとお賽銭をさせていただきました。罰当たりな事はしておりません。(エヘン!)
 本殿の周りを歩いてみました。三方の画像です。有名な神社の割に境内が、狭いという印象です。
 稲荷社と大国社です。稲荷社は何処の神社にも有ります。大国社は大国町の地名に由来するのかと思ったのですが、それは別の神社だそうです。同じ浪速区に敷津松之宮が有り、そこが大国町地名縁の神社の様です。
 正門の他に、3か所の門が有ります。
 毎年、十日戎の報道を見ている者にとって、今宮戎のイメージはもっと大きな神社であろうと思っていました。今回の参拝で、何だか拍子抜けした感じです。



オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 住吉大社)



 この記事は、2016年4月にSeesaaブログで公開したものです。



 治験の後、前回大融寺で見かけたなにわ7幸巡りをしなくてはなるまいと考え、住吉大社へ行ってきました。出来れば今宮戎神社と四天王寺にも行きたかったのですが、住吉大社に向かう途中であえなく断念。
 谷町線で、天王寺に向かい、天王寺から阪堺電車で住吉へ、電車を降りてすぐに、住吉大社です。神社の東側から入りました。
 珍しい、ブロンズの狛犬です
 とにかく広いです。神社の境内なのか?参道なのか?神社の敷地なのか?判断が付きません。多分参道ではないか?と思うのですが…
 参道には、多くの石灯籠が有ります。どの灯籠も普通よりかなり巨大なものです。
 神馬が飼われている小屋だそうですが、鍵がかけられています。中の様子など分かりません。
 太鼓橋です、太鼓橋を渡ると、いよいよ住吉大社ですが…
 太鼓橋の傍らには、こんな碑が有りました。
 太鼓橋を渡り終えた傍らには手洗い場が、住吉大社は兎縁があるそうです。
 神社に入らずに、歩いているとこんな物が祀られていました。読んでみると、ここが沖縄を征服した、今生天皇(現上皇)の母親の生家島津家の発祥の地と言う事です。
 とにかく広いです。1回の更新ではとても紹介しきれません。何度かに分けて紹介します。



オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 大阪天満宮)



 この記事は、2016年3月にSeesaaブログで公開したものです。



 天神橋まで歩いて、引き返すと当然、天神さん、そうです大阪天満宮にも立ち寄らなければいけません。
 位置的には天Ⅰ・天2商店街の東側にあります。今回は、蛭子門から入場しました。
 こちらが正門、楼門です
 天満宮は天神さとも呼ばれ親しまれている神社です。菅原道真公が太宰府に左遷させられた際この地にある大将軍社に参拝したことに始まり没後、天神信仰が始まり大将軍社の前に7本の松が生え、霊光を放ったといわれ当時の村上天皇の勅命で建立されたものです。
 境内に入ると至る処に祠があり、さまざまな神様がお祭りされています。これは、天満宮だけに限った事ではありませんが規模が大きな神社だけにその数も相当なものです。道真公ゆかりの神社では、牛がよく祀られています。
 天満天神の水、1昨年から再び取水されるようになったそうです。
 本殿です、御神体も画像に収めたのですが、ブレてしまってました。勿論、道真公の御霊が祀られています。横に廻ってみると絵馬が大量に、さすが学問の神様。
 祠だけでなく門も沢山あります。東側に1ヶ所・北側に2か所小さな門がありました。
 北側の門を出ると、橋がありました。奥に入ると神社がありましたが名称が定かではありません。星合神社?で良いのかな?ここの橋であった男女は結ばれる、と言う言い伝えが在るそうですが、残念ながら出会いは有りませんでした。
 こんな歌碑もありました。更に、桜か?と思ったのですが、お彼岸前だし梅か?と思ったりしていましたが、ここが梅の名所と言う事なので判明しました。
すみしやすらぎ月にあり
 天満宮に戻って、歩いていると職人風の方に遭遇、神社を管理手当される方々のようです。平日ですが繁盛亭側の門の付近は規模の小さいフリマの様です。
 繁盛亭側の景色です。
 こちら側からの参拝が多いのではないでしょうか?



オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 天神橋筋商店街)

 この記事は、2016年3月にSeesaaブログで公開したものです。
 治験の日、集合が16時と言う事なので、時間まで、何処かをうろつくことにしました。天満宮へ行ってみようと思い天満へ、住んでいる処からの電車代は、JR大阪で下車するのも天満で下車するのも同じ乗車料金なので負担なく行く事が出来ます。
 天満駅にやってきました。商店街への入り口です。中にはこんな店も、裏通りは昼間から酔っ払う事が出来る街です。
 言わずと知れた日本一長い商店街です。天神橋筋商店街は6丁目までだと思っていたのですが、本当は7丁目まで有るそうです。更に天神橋の北詰が明治初期まで天満10丁目であったことから、昔は十丁目筋商店街と呼ばれていたそうで現在でも十丁目(じっちょめ)呼ばれる事があるそうです。
 まずは、六丁目に向かって歩きます。裏通りも面白そうですが、まだ時間が早いようです。
 六丁目(通称天六)まで来るとこんな垂れ幕が…行ってみると、入館料が必要だったため諦め入り口の模型だけ画像に取りました。市立図書館です。
 天六側の入り口です。ここまでしかアーケードが無いのでここで商店街は終わりだと思っていました。引き返して歩いていると、お弁当がこんな値段で、そそられますが食べる場所が無さそうなので結局あきらめました。
 天満駅迄戻って来ました。駅裏?駅前?記憶が確かなら、この辺りにストリップ小屋があったように思います。学生時代の事です、その頃はお金が無いので行く事が出来ませんでした。(今も無いですけどwww)
 扇町通を横切ると3丁目に入ります。この通りが4丁目と3丁目の境界のようです。
 3丁目に入ると、雰囲気が変わります。商店街と言うより天満宮への参道のような位置付けでしょうか?商店街を外れると住宅街・ビジネス街と言った感じです。
 ローソンの店の前に、野菜が売られています。そういえば3丁目に入ってから生鮮食料品を売っているのを見ていません。2丁目商店街は国道1号線で分断されています。
 通りを外れると、天満宮と繁盛亭があります。
 1丁目は約半部がアーケードは有りません。
 天神橋までやってきました。ここから天神橋筋が始まった訳ですね。
 この後、天満宮と繁盛亭を回り、天満駅へ戻ります。と・MBSのロケ班が、ちちんぷいぷいかせやねんどっちでしょうか?
 天神橋筋商店街を約1往復この後、梅田までぶらぶらしながら歩きます。

オッサンのブラリ一人旅(浪速七幸巡り 大融寺)



 この記事は、2015年12月にSeesaaブログで公開したものです。



 お初天神を後にして、新御堂を横切り、扇町通を東へ進むと右側に大融寺が有ります。梅田でイケないことをする時に出没します。マ・イケない事をしなくても自然に足が向いてしまいますがwww今まで、お寺の前は行き来していましたが、今回初めてお寺を拝観します。
 大融寺は、考えていたより由緒のあるお寺の様です。嵯峨源氏の祖、左大臣・大納言「源融」ゆかりの寺で、高野山真言宗のお寺です。
 本堂です。ご本尊も撮りたかったのですが、うまく撮れません。
 淀殿の墓です。元は東成郡鴫野村弁天島(現在の大阪ビジネスパーク)に有った淀姫神社に安置されていましたが、明治10年弁天島全域が軍用地にされた為、大融寺に移転されました。
 画像には無いのですが、墓の隣には白龍大社が有り、縁結びの神としての信仰が有るそうです。女性は白龍大神、男性は境内の外れに祀られている龍王大神にお参りすると良いそうです。
 境内の、東側には三重塔と大師像が真言宗なら当たり前か・・・
 駐車場の側には、こんな景色が、12月なのに紅葉が有りました。品種で、鮮やかだと思うのですが。
 ちなみに、写経堂では写経会や座禅会の他、落語会なども開かれているそうです。