オッサンのDream Journey(桜前線を追いかける 長野・鹿児島・山形)



 3月12日のちちんぷいぷい、「昔の人は偉かった」では、見附宿から浜松宿を歩いていました。番組では、縁結びで有名な東福山西光寺、天竜川、浜松八幡宮、浜松城を紹介していました。浜松城には家康負戦の肖像画も展示されているそうです。そんな中、コロナの影響で学校が休校になっている子供達と絡んでいました。テレビのロケもどうなのかな?と、思っていますがいつまで、ロケも出来るのでしょうか?



 4月9日は、長野の満開予想日です。
 長野には、新大阪09:57のぞみ10:47名古屋11:00中央本線ワイドビューしなの13:53長野に着きます。14時前に長野に着くと夕方まで、十分に桜を観ることが出来ます。



 長野の桜を探したところ、長野駅からバスで10分の所に善通寺が、東側には市内随一の桜の名所、城山(じょうやま)公園が有ります。南北朝時代に築かれたらしい、横山城跡を整備した公園の様です。園内には470本のソメイヨシノが植わっており、隣の善光寺は大納骨堂からは善光寺平が一望でき、お寺全体で650本の桜が植わっているそうです。これは、2ヵ所セットで、お花見をしないといけません。どちらもライトアップされているので、夜桜を選ぶか?温泉を選ぶか?悩みどころです。幸いな事に長野市内にも温泉宿が何軒かあるようです。
 4月10日は移動日に充てたいと思います。11日が鹿児島の満開予想日ですので、10日に鹿児島入りを目指します。
 鹿児島へは、10時前に長野駅を立つと、長野10;53北陸新幹線かがやき11:54大宮12:03―12:44品川12:53―13:08羽田13:45JAL15:35鹿児島空港15:50鹿児島交通バス16:28鹿児島中央16:53―16:58鹿児島に入れます。
 鹿児島では連泊し、12日に山形へ移動したいと考えています。
 鹿児島市内にも温泉宿が有ります。霧島や指宿も選択肢と考えて、選ぶと良いでしょう。うまくいけば、宿の近くに夜桜スポットが有るかもしれません。花見風呂も有かも?



 11日は、1日時間が有ります。となると、鹿児島県で人気1位の桜スポットにも行けます。鹿児島中央から電車で30分程の市来駅からタクシーで7分の所に観音ヶ池市民の森が有ります。此処が鹿児島県人気№1の桜スポットと言う事です。池の周りの桜が一斉に咲いた様は、素晴らしい様です。ライトアップも22時迄されているので何か所かまわって最後に夜桜と言うのも良いかもしれません。
 他にも鹿児島市内には鶴丸城と言う島津藩築城のお城も桜の名所として挙げられています。
 鹿児島で連泊の後、4月12日は山形への移動日です。山形の満開予想日は13日となっています。
 山形へは、鹿児島中央10:49九州新幹線みずほ12:08博多12:20―12:15福岡空港13:00IBEX14:40仙台空港14:50―15:17仙台15:30高速バス16:37山形と言う行程になります。
 山形は1泊とし、翌日花見の後は関西に戻ります。



 鹿児島に続いて人気№1の桜スポットに行こうと思います。鳥帽子山公園と言うのがそれになります。山形駅から電車で30分程の所です。赤湯温泉を見下ろす公園は鳥帽子山千本桜とも言われているそうで、世界的にも珍しいエドヒガン桜の群生地でも有るとの事です。他にソメイヨシノなど1000本の桜が植わっています。赤湯温泉から見上げる桜も素晴らしい様です。温泉から見上げるもよし、温泉を見下ろすのも良し、と言ったところでしょうか?1ヶ所で夜桜と昼桜を楽しむのも有りですね!
 4月13日はゆっくり午前中桜を楽しみ、関西に戻りたいと思います。
 関西へは、山形12:40連絡バス13:20山形空港14:00JAL15:25大阪空港で関西に戻れます。



 秋田、岩手、青森、北海道は其々、満開日の間隔が空きます。満開日に合わせて桜を観に行きたいですね。



オッサンのブラリ一人旅(法道仙人の足跡を行く 丹波もみじめぐり 高山寺)



 三か所目は高山寺。
 高山寺の記事は、2015年11月にSeesaaブログで公開していますので、今回の目的は御朱印のみとなりました。
 しかし境内に入り、ビックリ!全く色付いていませんでした。話を聞くと「今年は2週間ぐらい遅い」と、この言葉に騙されました。翌週の後半から紅葉見物を再開すると見頃が過ぎてしまっていました。



 この記事は、2015年11月Seesaaブログで公開したものです。



 場所は、北近畿豊岡自動車道氷上インターから県道を豊岡方面に走り、氷上北交差点を左折2・3分走り、常楽交差点を右折すると、すぐに案内看板が見えます。案内看板通りにゆくと高山寺が有ります。
 高山寺は、天平宝寺元年(757)に法道仙人により開基され、昭和33年現在の場所に移築されました。ご本尊は十一面観音菩薩で、仁王門、三手先の組物や、通し貫などに東大寺様式が伺えます。また、鎌倉時代の阿弥陀如来像、三千仏掛軸、俵藤太秀郷一代記絵巻物、高山寺縁起、両界曼陀羅図などの文化財があります。
 丹波市には丹波三山と言う紅葉の名所が有ります。高源寺、円通寺、石龕寺がそうです。他にも紅葉の名所が有りますが、ここは拝観料が無料でしたので、見ることにしました。ただし私が行ったのは平日だったので、休日はどうなのか?分かりません。
 山門です。言われてみれば、東大寺の南大門をモチーフにしているような気がします。
 参道です、紅葉の並木道が美しいです。
 平日ですが観光客もちらほら、中には中国人観光客らしき一団を発見しました。こんな処にも外国からのお客様が来るのか?
 参道の脇道にも、こんな景色が・・・
 駐車場に戻ってきて、ふと、あの中国人らしき一行の移動手段は?駐車場にはバスもワンボックスも有りません国際免許でレンタカー?ウーン謎です。



 編集しながら気が付いたのですが、本堂の画像がありません。この記事を公開したころはブログを始めたばかりの頃でした。そこまで頭が回っていなかったのでしょう。只、最近は記事の手抜きが多いのですが・・・。



オッサンのブラリ一人旅(有岡城跡)

丁度3年前、免許更新の為伊丹の免許更新センターへ行った帰り有岡城跡を訪ねてきました。そして、又、有岡城跡にやって来ました。Seesaaブログで初めて「オッサンのブラリ一人旅」を公開したところでもあります。そんな訳で、3年前の、画像も使いながら紹介していきたいと思います。
ちょうどJR伊丹駅の真ん前にあり、城跡周辺にはそれに関連する遺跡もあり、電車の待ち時間に散策すると面白いのではないか?と思います。

有岡城は南北朝時代に伊丹氏により築城された天守閣を持った平城です。その後、荒木村重に攻め落とされ有岡城と改称されました。しかし、荒木村重も織田信長に謀反を企て信長に攻め落とされ、池田之助が城主になりましたが天正11年之助が美濃に転封の為廃城となりました。
荒木村重の謀反の原因には、諸説あるようですが定かではありません。経緯としては、天正6年羽柴秀吉の晩秋征伐のうちの一つ三木合戦に参加していた村重は、突然戦線を離脱し有岡城に戻った事が事の発端とされています。その際、秀吉の命を受け村重の説得に出向いた黒田官兵衛を幽閉したのは有名な話です。
本丸跡です。

有岡城の範囲は、南北1.7㎞、東西0.8㎞と南北に長く、大阪城等と同じ様に周囲を堀と土塁をめぐらし、街屋敷や町屋を配置し、防御帯を設けた城郭構造で総構といいます。
有岡城から西へ進むと、酒蔵通りが続きます。道沿いの建物は酒造りが盛んだった頃の町屋をイメージした建物が並びます。伊丹郷町は伊丹城の城下町として栄えた頃形成され、その後、有岡城となり廃城後酒造業を中心に隆盛を誇った頃の街並みを再現されている。との事です。

酒蔵通りを、進んで行くとニトリが有ります。

ニトリの建築中には、大溝跡が発掘されました。これは、廃城後に発展した伊丹郷町の水路跡ですが、その発掘中に大溝の下から有岡城の堀が発見されました。

この後、3年前とは違った体験も出来ました。