オッサンのブラリ一人旅(伊和神社 庭田神社)

伊和神社から、帰路に付き走っていると、「日本酒発祥の地、庭田神社」という看板が目に飛び込んできました。早速立ち寄る事にします。
庭田神社は、田んぼの真ん中に鎮座しています。童謡の村祭りの歌詞「🎶村の鎮守の神様の~♪」がぴったりと来るような神社です。

 神社の前は駐車場になっており、数台の営業車両が休んでいました。
早速、参拝へと向かいます。庭田神社は伊和神社の摂末社の一つです。造もよく似ています。

 

神門をくぐると境内が広がります。

庭田神社は、社伝では成務天皇の時代145年創建されたようです。のちに神功皇后のときに本殿など差殿が創られたそうです。御祭神は事代主命です。
神社は、幕末に一度焼失し、明治4年再建され、明治7年村社になりました。そして明寺9年伊和神社の末社となりました。
拝殿です。

  

社殿の創りは伊和神社にそっくりです。1968年の改築の時にこういった作りになったのでしょう(憶測ですが・・・。)

 

社殿の横を通って神社の裏に出ます。
「播磨国風土記」によると、大国主命と天乃日槍が国土経営を争っていた頃、伊和の地で最後の交渉が行われました。交渉終了後この地で酒宴が行われたと言う事です。
神社の裏には、「ぬくゐ川」と呼ばれる場所があり、そこから湧き出る泉で米を発酵させ酒を造ったと言う事です。それが日本酒発祥の地とされる由縁でしょうか?
ここがぬくゐの泉(川)

  

風土記では、庭田神社のある地域は、庭音(にわと)村と言われていた様です。元は庭酒(にわき)と言います。
伊和大神の食糧の米が濡れてカビが生えてしまい、それを醸造し庭酒(お神酒)として献上したと言う事です。そこで使われていた水がぬくゐの泉だったと言う事です。この記載により麹を使った酒を始めて作ったといわれています。

 

 

オッサンのブラリ一人旅(播州一宮 伊和神社 市杵島姫神社)

初めてのまともな、投稿です。どんな、ブログになるのか?期待と不安が入り混じっています。
お盆はブログ開設の準備で結局何処にも行かず、ブログのネタも無くなっていました。何処へ行こうか?と考えていましたが、最近悪天候が続き、雨が降っても残念な気持ちにならない所と考えるとやはり神社、仏閣と言う事で出掛けました。
今回は、播州地方に行ってみようと言う事で、3連休の初日に出掛けたのが、宍粟市一宮の伊和神社です。
一宮と言うのは、前にも述べた通り明治以前、日本の中の各国(丹波国、播磨国、大和国等)で最も格式の高い神社を一宮と呼ばれていました。地域によっては一宮だけでなく二宮、三宮・・・と続く事も在るようです。
という訳で、スマホのナビシステムを頼りに、やって来たのが伊和神社です。国道を挟んで神社の向側は道の駅一宮と神社の駐車場になっています。
さて、参拝という処で門が2つ並んでいます。どちらから入れば良いのか?

スマホのナビシステムでは、未だ到着していないので、ナビに従って右側の鳥居の無い方から入っていきます。

ナビに従って歩いていきます。どうやら車が入る事も可能だったようです。

ようやく、ナビのゴール地点に着きましたすぐ先には裏門が有ります。まずは裏門へ・・・。
裏門です。

ナビのゴール地点に戻ります。

右側に有ったのが、市杵嶋姫神社です。

入っていくと堀に囲まれて祠が有ります。

祭神の市杵嶋姫命(いちきしまひめ)は、日本神話の宗像三女神の一柱で、弁財天とも同一視されることがあるそうです。神仏分離以前は弁財天だったそうです。

堀には、蛙の像や、鯉がいます。

市杵嶋姫神社の右隣には参道が続きます。どうやら裏門の様です。

参道を登りきると下に向かって、べんてんさま参道と記した碑が有りました。

どうやら市杵嶋姫命は伊和神社にとって重要な神様の様です。

この後、改めて正門の方から参拝をします。

シーサーブログでも投稿しますので、よろしくお願いします。内容は同じなのですが、レイアウトが違っています。
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オッサンのブラリ一人旅(播州一宮 伊和神社)

改めて、正門から入っていきます。
参道には多くの杉などが植えられています。以前紹介した蒼玉神社に参道の雰囲気が似ています。そういえば蒼玉神社も道を挟んだ向かいに道の駅が有りました。

 

神門を抜けつき当たりに手水舎が有ります。

 

左側に境内が広がります。

伊和神社は、言うまでもなく、播磨国の一宮とされる神社で、海神社・粒坐天照神社と共に播磨三大社の一つとされています。
神社のある宍粟市一宮町は伊和神社が播州一宮で在る事から来ているそうです。
本殿です。

  

伊和神社の主祭神は大己貴神(大国主)とされていますが、播磨国の神、伊和大神と同神と見られています。配神は少彦名神と下照姫神。
創祀は546年とされています。成務天皇14年あるいは欽明天皇25年とされています。正暦2年(991年)播磨国一宮とされました。
境内の左奥には、摂末社が並んでいます。

御霊殿は、伊和恒郷命を祭神とし旧神戸村や万国の戦死者を祀っています。

五柱社は、天照皇大神・宇賀魂神・国底立神・須佐之男神・猿田彦神を祀っています。

播磨十六郡神社は播磨の式内社です。反対側にも播磨国十六郡社は有ります。

本殿の裏に周ると、鶴石が有ります。伝承によると土地の豪族・伊和恒郷に大己貴神(大国主)が自分を祀るように告げました。西の野では一夜で木々が群生し、石(鶴石)の上で白鶴が二羽、北向きに眠っているのを見た恒郷はそこに伊和神社を北向きに建てたとされます。

  

前回紹介した、市杵嶋姫神社も伊和神社の摂末社の一つです。
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