オッサンのブラリ一人旅(難波神社)



 この記事は、2017年3月にSeesaaブログで公開したものです。



 2月の治験の後、予てより行ってみたいと思っていた。難波神社へ、行ってきました。
 丁度その日は、3月の下旬の陽気でした。そこで御堂筋を歩いて難波神社を目指します。
 御堂筋を歩いていると、歩道には、至る処にブロンズ像が置かれています。
 穏やかな日差しの中、南へ歩いて行くと難波神社が見えてきます。
 難波神社は反正天皇が、父仁徳天皇を祭神として創建されたと伝えられ、当初は現在の松原市に鎮座していたそうです。1597年に現在の博労町に遷座して来たそうです。しかし、太平洋戦争で全焼し、1974年に再建されました。
 社格は府社で、摂津国総社として「難波大宮」とも「平野神社」とも呼ばれていたそうです。
 御堂筋側の東門です。
 こちらは正門です。
 境内に入ると楠の大木が目に入りました。戦火でやけどを負いながらも生きながらえて来たということで触るとパワーが貰えるそうです。
 本殿では、丁度新車の御祈祷が行われているようでした。
 境内には二つの末社が有ります。こちらは、一四柱相殿神社です。以前は、幾つかの社に分かれていたのを併合し、現在は一四の祭神が祀られています。
 金毘羅神社です。元は堀江の御旅所に祭られていたそうです。江戸時代の創建当時に祭られたものらしいとの事です。
 これは摂社博労稲荷です。浪速の街が栄えるに連れ船場の商家の中心となり厚く信仰されました。
 西門です。
 すぐ近くには、南御堂が有り、このまま向かう事にしました。



オッサンのブラリ一人旅(お初天神)



 この記事は、2015年12月にSeesaaブログで公開したものです。



 治験の後、お初天神を尋ねました。
 お初天神というのは通称で、正確には露天神社(つゆのてんじんじゃ)といいます。
 お初天神は、歴史も古く創建は西暦700年頃とされます。祭神には、大巳貴大神、少彦名大神、天照皇大神、豊受姫大神、菅原道真が祀られています。天照皇大神を祀っていたことでかつては、難波明神社と呼ばれ、日本七明神の一つに挙げられました。江戸時代は、560余坪の広大な境内でしたが、戦後現在の広さになりました。
 お初天神通り、梅田に来るとよく通る道、参道ではないようです。神社はビルの谷間に有ります。
 お初天神の由来は、元禄時代堂島新地天満屋の遊女「お初」と内本町平野屋の手代「徳兵衛」が天神の森(今の社の裏手辺り)で心中を遂げ、この心中事件を近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」として発表し、露天神は有名になり、ヒロイン「お初」の名を取ってお初天神と呼ばれるようになりました。
 こんなものも有りました。露天神社の名前の由来の一つ、菅原道真公が太宰府に左遷されるときここに立ち寄り歌を歌った事から露天神社と呼ばれるようになった説です。
 「露とちる 涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出づれば」
 西門です、隣に参道が有りました。
 本殿と金毘羅様です。参拝している方は皆賽銭をあげていましたが、賽銭もあげずに写真だけ取っている私は、なんと罰当たりな・・・
 北門の風景です、場末の飲み屋街といった、昭和にタイムスリップ?したような感じです。一度、ここで飲みたいものです。
 露井です。これも、露天神社の社名の由来となった場所です。「露の頃神社の前の井戸から水が湧き出た」ことから露天神社と呼ばれたと言うものです。他にも諸説あるのかも知れません。
 こちらが正門です。お参りされていた若い女性が出てこられ本殿に向かって一礼し、帰って行かれました。しばらくすると少し年配の男性も同じように本殿に一礼をして、帰られました。
 本殿の写真は、第一生命ビルからとりましたがビルの敷地も参道の一部になっているのでしょうか?



 御朱印は今年の5月、令和最初の日に梅田に行くことがあり、その時に頂く事が出来ました。
 雨の境内です。
 御朱印です。



オッサンのブラリ一人旅(元伊勢 外宮)



 この記事は、2018年1月にSeesaaブログで公開したものです。
 天岩戸神社のお参りを済ませ、元伊勢観光センターに戻って来ました。



 観光センターから車で元伊勢外宮へ移動です。途中猿田彦神社が有りましたが、参拝せず直接外宮へ・・・。後で知ったのですが、猿田彦神社は伊勢神宮とは直接は関係ないのですが、大江の元伊勢においては、内宮と外宮の中間に位置し重要な役割を担った可能性があるそうです。元伊勢とは内宮皇大神社・天岩戸神社と外宮豊受大神社で元伊勢三社というそうですが、元伊勢を廻るなら猿田彦神社もセットで廻るのが良いようです。ちなみに、三重県の伊勢にも猿田彦神社が有り、そちらも伊勢神宮の近くに鎮座しているそうです。



 外宮にやって来ました。
 参道は内宮ほど長くは有りませんが、まっすぐに境内迄延びています。
 参道を登り切り左に境内です。
 元伊勢外宮は豊受大神社と言います。農業の神、豊受大神を護った神社で三重の伊勢神宮の元宮でもあります。元伊勢観光センターの方から聞いたのは、天照大神が次の元伊勢に旅立つとき最初に休憩をしたのが、豊受大神社だといわれていました。
 内宮と比べるとこじんまりしています。案内看板も殆ど見当たりません。
 本殿です。
 本殿の左には多賀神社が右には土之神社が有ります。三重の伊勢神宮外宮にも同じものが有ります。
 本殿の周囲には、内宮同様摂社末社が有ります。
 外宮に有る龍燈の杉です。内宮の、龍灯の杉とはどう違うのか?三重の伊勢神宮には龍灯の杉は無いようです。
 元来、天照大神は大和国の皇居にが、理想的な鎮座を求めて各地を転々とし、三重の伊勢に落ち着きました。大和国を出て最初に鎮座したのが丹波国の大江の地であるようです。その為か、元伊勢と言えば丹波ここの事を指すことが多いようです。この周辺には元伊勢に関連する名所旧跡が多く点在しています。機会があれば訪ねてみたいと思います。



オッサンのブラリ一人旅(元伊勢 天岩戸神社)



 この記事は、2018年1月にSeesaaブログで公開したものです。



 皇大神社の焚火で温まり、天岩戸神社へと向かいます。
 天岩戸神社迄800mとの事で、歩いて目指します。道路は途中まで整備されていて、車で行けそうな感じです。
 しばらく歩いていると日室ヶ嶽の遥拝所が有ります。
 日室ヶ嶽は、天照大神が最初に君臨した山と言われ、遥拝所で願を掛けると成就すると言われています。
 夏至の頃には遥拝所から、日室ヶ嶽を見ると夕日が山頂に沈むそうです。
 更に山の形から、ピラミッド説も有るようです。まさに元伊勢の霊山です。
 日室ヶ嶽遥拝所からは、急に道も細くなり急な坂道が続きます。帰路が不安になって来ます。
 別ルートで天岩戸神社へ行くことも出来るようです。そちらは車も通行できそうです。
 坂道を降りると、龍燈明神が有ります。丁度天岩戸神社の入り口に当たります。
 龍燈明神から天岩戸神社へ向かっていると、水の流れる音が聞こえます。覗いて視ると渓流が流れています。どうやら以前紹介した大江山の二瀬川渓谷の下流に当たります。そして、この辺りは天岩戸神社の神域とされているそうです。
 いよいよ天岩戸神社です、道路脇に急な石段が有ります。これを降りると社務所が有ります。
 この石段を下りると、社務所が有り、更に石段を降りて行かなくてはなりません。
 石段を下りる手前に、こんな祠が有りました。詳細は分かりませんが、お参りするのにはかなり危険な処です。安全を祈願するために創られたのでは?と、勝手に思っています。
 石段を下りて参道の脇には渓流が流れています。
 渓谷沿いに歩いていくと天岩戸神社の社殿が有ります。
 天岩戸神社は、全国各地に有ります。何れも天照大神が天岩戸に隠れたという神話から天照大神と縁の有る土地に存在しているのではないでしょうか?
 こちらの天岩戸神社は皇大神社の奥宮となっています。祭神は櫛御毛奴命ですが、櫛岩窓戸命と豊岩窓戸命の2神という説も有ります。
 社殿は岩の上に建っており、お参りするには鎖を伝って岩を登らなければなりませんので、あえなく此処で断念。
 社務所迄戻ってくると、隣に天岩戸神社を拝める遥拝所が有りました。此処からお参りをします。
 帰り道、今度は急な石段と坂道を登らなければと不安でしたが、案外楽に上ることが出来ました。むしろ登りの方が楽な位です。
 この後外宮へと移動します。



オッサンのブラリ一人旅(元伊勢 内宮Ⅲ)



 この記事は、2018年1月にSeesaaブログで公開したものです。



 皇大神社の境内を散策していると、さざれ石の看板が有りました。案内に従い行ってみると。少し広いところが有ります。
 さざれ石は、石灰質角礫岩と言われる小石です。その小石が長年風雨にさらされさざれ石より石灰質から生じた粘着力の有る液体が、他の小石と凝結し君が代の歌詞の様に巌となっていきます。滋賀県と岐阜県の境、伊吹山が主要産地で、あちらこちらの神社仏閣に祀られているようです。
 君が代では、小石のさざれ石が巌となりその上に苔が生える迄、長きにわたり栄えることを祈った歌ではないでしょうか?君が代の反対論者は君が代が天皇を崇拝する歌として反対しているようですが、君が代が誰の事を指すのか?定かではありません。
 さざれ石と君が代の歌碑です。さざれ石と言うより巌です。苔も生えています。
 こちらは岩長姫命社、1973年天皇神道の関係者により創建されました。
 その奥には、天龍八岐龍神社が有ります。こちらも、岩長姫命社と同じく1973年天皇神道関係者により創建されています。
 境内を出た所で、火が焚かれていました。境内を一回りして冷えた体には癒されます。
 身体が少し温まったところで、天岩戸神社へと向かいます。



オッサンのブラリ一人旅(元伊勢 内宮Ⅱ)



 この記事は、2018年1月にSeesaaブログで公開したものです。



 内宮の参道を登りきると境内です。境内に入る前に、手を清め境内に入ります。
 元伊勢内宮皇大神社は、伊勢神宮の元宮との伝承から元伊勢内宮と言われています。
 三重県の伊勢神宮に祀られている天照大神は元々宮中に祀られていました。しかし、倭国の神である天照大神を宮中に置くことで、良くない事が起きることを恐れた崇神天皇は新たな鎮座地を探すよう命じました。崇神天皇39年豊鋤入姫命が但波(丹波)国に天照大神を移し、吉佐宮を築き4年間祀ったと倭姫命世記には記されています。その後、伊勢神宮に遷幸するまで、各地を転々としますが、天照大神が遷座した後も元宮として崇拝されたそうで、元明天皇の時代に社殿が建立されたと言われています。
 本殿です。左は栲機千々姫社と右が天手力雄命社です
 栲機千々姫社の裏に龍灯の杉が有りました。節分の夜、龍が灯を献ずると言われています。外宮にも同じく龍灯の杉が有ります。内宮の中でも複数ありました。
 こちらは三女神社。傍らには金のカエルが?・・・
 境内には、多数の社が有りますが、何の神様を祀っているのか?帰って調べてみると分かるようですが数が多すぎて断念・・・
 この後も未だ、内宮は続きます。



オッサンのブラリ一人旅(丹波もみじめぐり 丹波三山 岩屋山石龕寺)



 丹波もみじめぐり、最後にやって来たのは石龕寺です。
 丹波三山に挙げられている紅葉の名所です。
 参道の紅葉です。かなり色褪せて居ます。
 参道には、至る処に石仏や、石碑が鎮座しています。
 山門にやって来ました。
 山門の仁王像は、1242年慶派の「肥後法橋定慶」作とされ、国の重要文化財となっています。
 弘法大師像です。石龕寺は高野山真言宗のお寺で、弘法大師は真言宗の象徴です。
 紅葉の参道を通り抜けると、本堂はもうすぐです。
 本堂にやって来ました。
 石龕寺は、587年聖徳太子の創建と云われています。毘沙門天を本尊とし、鎌倉時代から室町時代に隆盛を極めましたが、戦国時代明智光秀の丹波攻めで全山を焼失し仁王門だけが残ったということです。江戸時代に入ると徐々に復興されてゆきます。
 南北朝時代には、足利尊氏が観応の擾乱に敗れ、播磨に逃れる際、この地に留まった事から足利氏縁の寺とされています。
 こちらは薬師堂です。柱には札が有ります。(おんころころせんだりヨとうぎそわか)と書いてあります。どういった意味でしょうか?
 境内から観る紅葉です。
 薬師堂の隣には三社が祀られています。三社で八つの祭神が祀られていました。
 三社の奥にあるお社は焼尾神社です。
 焼尾神社は石龕寺の鎮守として、弁財天が祀られていました。明治の神仏分離令により市杵島比売命を祀る事になりました。
 弁財天は石龕寺に保管されていますが、焼尾神社では未だに弁才天の幟が立てられています。幸運、財宝、福徳神として芸術家に人気があるそうです。
 焼尾神社から境内を望みます。
 岩屋山には、石龕寺の発祥とされる奥の院が中腹の高台にあります。石窟に仏像が祀られ見晴らしのよい高台に鐘楼が有ります。鐘楼から奥の院拝殿迄の参道には石灯籠が立ち並び、近くには足利義詮の将軍屋敷も有るそうです。
 岩屋山超えると、三寳寺の本光山に続いているようです。
 奥の院には残念ながら行くことを断念いたしました。



 焼尾神社から、寺務所へ向かいます。
 社務所内の紅葉です。
 水琴窟も有りました。
 御朱印は前もって書いてあるものでした。
 帰路は、対岸の遊歩道を歩きます。銀杏も黄色く色付いています。
 何とか丹波もみじめぐり完走です。本堂を撮影出来なかったりと、残念な処もありましたが紅葉を堪能した秋でした。



オッサンのブラリ一人(丹波もみじめぐり 苅野神社本殿)



 柏原八幡神社を参拝した後、近くにどうしても気になる神社が有り、ついでに訪ねてみました。



 国道176号沿いに有るその神社は国道のすぐ脇から急な石段を登った処にあります。
 参道を登っていくと、まさかの紅葉が生えていました。手入れはされていないようで、木の高いところで茂っていました。
 門まで来ました。苅野神社と掲げられています。
 苅野神社は延喜式内社で鎮守社として江戸時代からこの辺りの、集落の「宮の党」という宮座に守られて来たそうです。
 本殿からは、上棟式に使用されたであろう木槌が発見され、正徳4年の墨書が有る事から1714年に建立されたと考えられています。
 御祭神までは分かりませんが、言い伝えでは、鐘を盗んで逃げて行った神様が祀られている神社だそうです。
 拝殿です。
 社務所も無い小さな神社です。
 こちらが本殿です。
 裏山は伐採されていて、禿山状態です。災害があった訳でもなさそうなのですが・・・。
 御朱印は勿論頂きようが無いです。もしかしたお正月三が日なら頂く事が出来るかも。



オッサンのブラリ一人旅(元伊勢 内宮)



 この記事は、2018年Seesaaブログで公開したものです。



 今年こそ、良い年にしようと柄にもなく初詣に出掛けようと、マ・ブログのネタも無く、ネタ作りもかねての事ですが・・・。
 元旦、二日と、ぐうたらし退屈しているところ、思い立ったのが三日の事、目指すは福知山の大江元伊勢神宮です。以前大江山の二瀬川に行ったのですがその時には立ち寄らず、一度、訪ねたいと思っていました。
 当日は、時折みぞれ混りの雪が降って高速道路もタイヤ規制が出る様な天気でした。
 最初にやって来たのは、情報収集を兼ねて元伊勢観光センター。
 元伊勢観光センターのすぐそばには北近畿タンゴ鉄道が走っており、数十メートル先には大江山口内宮駅が有ります。
 本来は、外宮から参拝するのが正しいらしいのですが、特にこだわる必要もなく午後からは混雑するので内宮からお参りすることを薦められ、更には車も観光センターに停めることを許可して戴き、内宮参拝へと向かいます。
 観光センターから少し下っていくと元伊勢の参道に差し掛かります。参道沿いの風景です。
 参道沿いの家々には、提灯下げられています。更にお地蔵さんも。

 さて、内宮に、やって来ました。未だ境内までは遠い道のりです。

 元伊勢内宮は、正しくは元伊勢内宮皇大神社と言うそうです。勿論、天照大神を祀った神社です。
 参道の中腹に社務所が有ります。
 しかし、この頃は、御朱印を頂く発想は未だありませんでした。
 ようやく、境内が見えてきました。
 境内の手前には御門神社が有ります。地元では元伊勢の厄神さんと呼ばれ、天岩戸で天照大神を護った神様を祀っています。我が国の厄除神の本宗だそうです。節分に厄除祭が行われます。金のなる石は石で打つと金の音が鳴るそうです。
 いよいよ境内に入っていきます。



オッサンの競馬予想(有馬記念 2019)



 12月15日の朝日杯フューチュリティステークスは序盤から先頭を追走していた1番人気、本命に推していた6サリオスが最後の直線で先頭に立って勝ちました。2着は最初中段から後方に待機していた2番人気8タイセイビジョンが終盤追い上げ2着となりました。3着には何と後方2番手を走っていた14番人気の9グランレイが素晴らしい追い込みを見せて入りました。
 3着が14番人気でしたが、思ったほどの配当にはならなかったと感じました。混戦だっただけに人気薄が来ても期待ほどの配当にはならなかった様です。
 12月22日は有馬記念です。
 中央競馬の1年を締めくくるレースとして、創設以来12月下旬、中山競馬場と言うのが変わっていません。有馬記念は競馬界だけでなく年末の風物詩としても定着しています。
 その有馬記念は12月22日中山競馬場で行われます。



 過去の傾向と対策です。
 人気別の成績です。
  • 1番人気 1着13回 2着 8回 3着 3回 
  • 2番人気 1着 4回 2着 4回 4着 4回
  • 3番人気 1着 2回 2着 4回 3着 6回 
  • 4番人気 1着 8回 2着 2回 3着 4回 
  • 5番人気 1着 0回 2着 4回 3着 1回 
  • 6番人気 1着 1回 2着 2回 3着 4回 
  • 7番人気 1着 0回 2着 2回 3着 1回 
 1番人気の信頼度は勝率39%、連対率64%とかなり高いものになっています。気になるのが4番人気過去33年で8回1着となっています。これは、1番人気の勝率に続く2番目の成績で24%となっています。下位人気でも勝ったり、連や馬券に絡んでいます。思わぬ伏兵が来る可能性は否定できません。
 コース的には、大外を走る馬が不利か?と思われます、過去33年最外の馬が勝った例は1度だけ、それも12頭立て、今年は16頭立てと言う事で8枠は避けたい処です。
 前走成績は、やはり掲示板に入っている馬は信頼しても良いのですが、2桁着順の馬も結構来ています。前走人気というのも考慮すべきところでしょう。
 前走レースでは、ジャパンカップ(GI)組が1着13頭と抜けています。続いて菊花賞(GI)組が1着7頭、天皇賞(秋)(GI)組が1着5頭となっています。この3レースから主走する馬から勝ち馬を選びたい処です。後は、秋の重賞からの馬をチェックすると良いのですが・・・。
 馬齢的には、3歳馬が一番多く勝っています。馬券は、おおよそ5歳馬までとなります、よほどの事が無い限り6歳馬以上は切って良いでしょう。



 さて、予想です。
 先ずは、人気上位馬から。
  • 1番人気 9 アーモンドアイ
  • 2番人気 6 リスグラシュー
  • 3番人気 10 サートゥルナーリア
  • 4番人気 7 ワールドプレミア
  • 5番人気 5 フィエールマン
  • 6番人気 2 スワーヴリチャード
  • 7番人気 8 レイデオロ
 1番人気は9アーモンドアイ、当然の結果です。不安があるとすれば中山競馬場で走るのが初めてと言う事でしょう。阪神競馬場、京都競馬場でも初出走で勝っていますので大丈夫だとは思います。
 2番人気6リスグラシューは宝塚記念(GI)で勝った後、オーストラリアに遠征をして勝利しています。
 3番人気が10サートゥルナーリアです、天皇賞(秋)(GI)では2番人気の6着でした。9アーモンドアイに続いての2番人気の6着だっただけに力は有ると思います。1着で無ければ馬券外というのが気になります。
 4番人気の7ワールドプレミア、菊花賞(GI)1着馬です。距離的には心配ないと思います。
 5番人気5フィエールマンは春の天皇賞馬です。前走凱旋門賞では12着と惨敗しましたが、国内では9アーモンドアイ同様馬券から外れた事は有りません。
 6番人気の2スワーヴリチャードがジャパンカップ(GI)1着馬です。
 7番人気8レイデオロは今年に入ってから、馬券外が続いています。



 予想としては、◎9アーモンドアイ〇5フィエールマン▲2スワーヴリチャード△6リスグラシュー、7ワールドプレミア、10サートゥルナーリアとしました。
 今回は、16頭中11頭がGⅠ馬、内6頭がGⅠ2勝以上しています。古馬に関してはGⅠ、2勝馬、3歳馬はGⅠ馬を中心に予想してみました。後、15番人気ですが13アルアインもGⅠを2勝しています。しかも、今年の大阪杯で勝っていますので8レイデオロより上かも知れません。要注意だと思います。