オッサンのブラリ一人旅(お菊神社~お菊伝説)



 これは、2016年8月にSeesaaブログで公開したものです。
 お菊神社を尋ねたのを機に、お菊伝説に興味を持ちました。
 一般に知られているのは、播州皿屋敷と番町皿屋敷ですが、その他にも全国各地にお菊伝説は存在するようです。
 主だったお菊伝説は、松江、高知、尼崎などが有り、その他にもお菊伝説は有ります。



 さて、姫路のお菊伝説ですが、一般的な皿屋敷とは少し違うようです。更に、姫路城と十二所神社のお菊伝説でも少し食い違っている部分が有ります。



 姫路城のお菊伝説です。頃は永正年間、姫路城主の小寺則織(こでらのりもと)の執権、青山鉄山(あおやまてっさん)が業務上横領をしょうとしていたのを、青山家に住み込んでいた侍女お菊が忠臣の衣笠元信に知らせ、これを防ぎました。
 しかし、その後、城主則織は鉄山に追放され、鉄山が城主となりました。間もなくお菊の密告が鉄山の知る処となり、町坪弾四郎に命じました。これをネタに弾四郎はお菊に言い寄りましたが、お菊はこれを拒否しました。その為、弾四郎は家宝の10枚揃いの皿の1枚を隠し、お菊を責め殺し、井戸に投げ込みました。それが姫路城内にあるお菊井戸です。 
 以降、毎夜、お菊の皿を数える声が井戸から聞こえて来たと言う事です。その後、元信らにより青山家は滅ぼされ、お菊は「於菊大明神」として十二所神社の中に祀られました。
 一説によると、お菊井戸は有事の際、城内から脱出するための抜け穴だと言う事です。その為、人を近づかない様にお菊伝説が伝わったのかも知れません。
 暫く、お菊伝説について数回にわたって述べていきたいと思います。 



オッサンのブラリ一人旅(綱敷天神社)



 梅田に戻って来ました。阪急東通り商店街を抜けた所に綱敷天神社は有ります。
 北野天神とも呼ばれ、旧西成郡北野(現在キタと呼ばれる地域の東半分)を氏地としているようです。
 鳥居を潜ると直ぐに狛犬が出迎えてくれます。
 門を入ると正面に拝殿が有ります。本殿には、嵯峨天皇と菅原道真が祭神として祀られています。
 社伝では、嵯峨天皇が亡くなった後、追悼の為に七堂伽藍を興し、太融寺が創建され、併せて嵯峨天皇を祀る為、「神野太神宮」が建てられました。その後、菅原道真が太宰府に左遷の折この地で一本の梅が咲き匂っており、梅を眺める為、船の艫綱を手繰り寄せ、即席の座席としたことが「綱敷(綱敷)」の由来と言う事です。
 菅原道真が祀られている神社では、殆どで牛が祀られています。これは天神様のお使いが牛という意味だそうです。
 筆塚です。書の達人と称される、嵯峨天皇と菅原道真が祭神で在る事から建立されました。
 白龍社です。祭神は白龍大神、と猿田彦大神です。
 喜多埜稲荷神社です。祭神は宇迦之御魂大神、梅田界隈の稲荷社としては喜多埜を使う事から、大変由緒ある神社だそうです。
 参拝も終わり、御朱印を、と思ったのですが、茶屋町の御旅所でないと頂けないとの事でした。
 近くにもう一件、近くにあるのが龍王大神です。
 神社のはずなのに、大融寺の文字が?早速大融寺で話を伺ったのですが。
 大融寺様が管理をされているとの事、大融寺様曰く、神様の土地でお寺が宗教活動をさせていただいているのだからお世話をするのは当たり前と云われていました。しかも大融寺は綱敷天神社とも縁の深いお寺、境内にもお稲荷さんなどのお社が祀られています。なんか、納得できる答えはいただけませんでした。
 この後茶屋町迄行ってみたのですが・・・残念ながら、5時を回っており、御朱印を頂く事は出来ませんでした。



オッサンのブラリ一人旅(桜の宮神社)



 堀川戎神社の後、桜ノ宮駅へ移動しました。
 インターネットでは大川沿いに有ると言う事だったので、桜ノ宮公園の中に有るのだろうと、進んだのですが・・・
 何処まで行っても、神社が有りません。
 公園の風景です。
 こんな光景も見ることが出来ました。
 諦めて、引き返すと、こんな所に迷い込みました。
 藤田邸跡公園です。現在のDOWAホールディングスの創始者の屋敷跡です。
 藤田邸を出てすぐに、鳥居が見えました、大川沿いと思っていたのですが、川沿いと言うより公園沿いと言った方が近いと感じました。
 ようやく、桜の宮神社にやって来ました。
 桜宮神社は櫻宮とも表記されます。詳しい創建は不詳です。幾度となく水害で流され、大阪城代の許しを得てげんざいの場所に鎮座したそうです。
 祭神は天照大御神、八幡大神、仁徳天皇となっています。
 本殿の横には、早馬稲荷神社が有ります。
 東側の鳥居です。 
 鳥居の内側に、狛犬が1対鎮座しています。普通は、拝殿の正面に居るはずの狛犬ですが? 
 参拝も終わり、御朱印を頂きに社務所に・・・
 ここに来るのに迷った事を云うと、駅を降りて直ぐの郵便局のところに看板が有るとの事でした。
 天神祭りの船が、大川を通るらしく、良く天神様(大阪天満宮)と間違われるそうです。
 駅前に戻ると、確かに案内看板が有ります。しかしこれって・・・神社の看板では無いのでは?
 未だ時間が有ります。梅田に戻って綱敷天神社に参拝しようと思います。 



オッサンのブラリ一人旅(堀川戎神社)



 福島天満宮の次にやって来たのが、堀川戎神社です。
 事前に調べていたのは、JR天満駅か、地下鉄南森町駅が近いと言う事だったのですが、梅田からでも十分に徒歩圏内でした。
 鳥居を直ぐに2体の狛犬が出迎えてくれます。 
 堀川戎神社は、西宮神社、今宮戎神社と共に関西の三大戎神社に数えられています。
 主祭神は蛭児大神(蛭子大神)で、少彦名命・天太玉命を配祀しています。
 社伝では、欽明天皇の時代、戎大神の信託により止美連吉雄が堀江で玉を得、それを神体としたのが始まりだそうです。1159年平治の乱を避ける為丹波国に移りましたが、文和年間に現在の場所に遷座されました。以降、堀川戎と呼ばれています。
 1945年戦災で焼失しましたが、1963年再建されました。
 拝殿の左に有ったのが、福興戎です。
 阪神大震災の時正面の鳥居が倒れてしまい、その石に戎像が彫られ、福興(ふっこう、ふくおこし)戎と名付けられました。
 こちらは、榎木稲荷神社。
 堀川戎神社の境内社ですが、本殿が地車(だんじり)の形をしているらしいです。その事から地車稲荷とも呼ばれています。木の神・句句廼知神と稲荷神・宇賀御魂神が祀られています。
 参拝も終わり社務所へ、こちらでは御朱印を頂く事が出来ました。
 御朱印を頂く際に、御朱印帳の事について、訪ねました。内容は、神社用と、お寺用の御朱印長は分けた方が良いのか?と言うものです。神社の方が云われるには、そのような事は、関係ない!との事、お寺の御朱印が押して在っても関係なく御朱印を推させて頂いているとのお話でした。
 この後、桜の宮神社に向かいます。



オッサンのブラリ一人旅(お菊神社)



 姫路城を紹介して、お菊さんの事も紹介しようと考え、暫くはお菊さんの事を綴ります。

 今回より、広告を載せてみようと思います。皆さんが得をするような広告を貼れればいいのですが。
 これは2016年8月Seesaaブログで公開したものです。
 仕事で、毎日のように姫路へ行きます。
 取引先の近くで見つけたのが、お菊神社です。そう、怪談・播州皿屋敷のあのお菊さんです。
 物凄く興味を持ってしまい、休日に出かけました。
 お菊神社は十二所神社の境内の末社にあります。 
 神社の境内に入っていくと…どう見てもお参りしているようには見えません。定かではありませんがポケモンハンター? 
 お菊神社の由来の石碑と、説明看板です。
 姫路城のお菊伝説と、お菊神社の伝説は若干違いが有るようです。しかし江戸の番町皿屋敷とは全く違うように思います。
 お菊伝説の詳しい事は、今回説明しきれませんので、改めて紹介することにします。 
 お菊神社は、菊姫命を祭神としています。お菊が生前、十二所神社に参拝していたという言い伝えから祀られているとの事です。更に十二所神社は医薬の神様が祀られており、蓮や菊が薬草でもあるため、医薬の神として菊を祀った神社にお菊伝説が重ねられたという説も有ります。
 お菊神社の祠です。
 御祭神も覗く事が出来ました。参道の反対側にはこんな石碑も有りました。
 烈女と言うのは、猛烈な女性と言う訳ではなく、此処で云う烈女とは忠烈の意味で、極めて忠義心の厚い女性の意味です。
 お菊伝説は、各地に在るようです。只、烈女の碑が有るように幽霊お菊さん、だけの伝説ではない様に思われます。



オッサンのブラリ一人旅(福島天満宮)

 6月12日、所用が有り、有休を取っていました。用事は早々にすまし、何処へ行こうか?と電車に乗り込み、今回は大阪市内で行った事の無い、マイナー処の神社を廻って来ました。
 Twitterで後日公開すると呟いてから、2週間以上が経ちましたがようやくの更新です。
 最初にやって来たのがJR福島駅近くの、福島天満宮。 
 ここの天満宮は旧社格が村社となっています。
 境内に入っていきます。
 福島天満宮は、菅原道真が太宰府に配転させられた際、この地の里人が旅情を慰めた事に喜び餓飢島と呼ばれていたこの地を福島と名付けました。その後太宰府で道真が亡くなったのを知った、里人が小祠を建てたのが始まりとされます。
 戦前は、京都から九州まで菅原道真の遺蹟内から関係の深い二十五個所を巡礼していたそうです。そして、福島天満宮はその十二番目だそうです。
 摂社吉高稲荷神社です。
 摂末社が祀られています。
 一通り参拝が終わり、御朱印を頂こうと社務所を訪ねたのですが、御朱印はやっていないとの事でしたが、一分のサイトで福島天満宮の御朱印が掲載されていました。
 正面以外にも二か所境内への門が有ります。
北側の門です。
東側の門です。
 後で判ったのですが、福島には、三つの天神が有るそうです。
 上の天神が福島天満宮、中の天神と言うのが別の場所に在ったそうですが、戦災で焼失し福島天満宮に合祀されました。
 後、下の天神が有り、これは、福島区の玉川に有るそうです。分かっていれば足を延ばしていました。